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や16ぁ

やる気なんて初めから無かったんだなぁ

祖父sが亡くなってしまった

人はいつかは死ぬものであるが、家族の死についてはそう割り切れるものでもない。父方の祖父は5〜6年前に足を骨折し、そのまま車椅子生活を送っていた。それから体力がドンドン落ちていき、ここ数年は病院に入院していた。とはいえ、入院当初は確かに足が悪いことは確かだったのだが、それ以外は元気そのもので、実家にいるときは毎日朝から酒をガンガン飲んでいた。そんな生活が続いていたが、今年の夏、下血が確認され検査した結果胃に癌が見つかった。余命1ヶ月とのことだったが、2ヶ月くらい持った末10月下旬に亡くなった。精一杯生きたのだと思う。
祖父は教師をしており、私が物心つく頃には校長を務めていたという。しかしながらその頃の仕事ぶりを見ていたわけではないし、祖父も仕事のことを話す人ではなかったので正直良く知らないのだ。定年で教師を辞した後も証券会社に再就職していた。したがって幼い時に祖父と過ごした記憶が殆ど無い。
祖父は家族に対してもきっちりと折り目正しい接し方をすると言うか、厳しさを持っていたように思う。実際、祖父は笑顔を見せることはあるが、デレるという感じではなかった。祖母と旅行に行っていた時のデレッデレの写真を見たときに「ああ、こういう表情もするんだ」という感想を持ったぐらいだ。
そんなことを思いながら富山に帰ったところ、東京に住んでいる母方の祖父まで亡くなったという話を聞く。同日に双方の祖父を亡くすとか訳がわからなかった。
母方の祖父は建築家で、母の実家も祖父自らが設計したものだった。建築家には定年が無いので、祖父は82歳まで建築家の仕事をしていたらしい。私が6年前に会いに行ったときはほとんど目が見えないようで、ビールを注ぐのも難しい状態だった。それでも体調は悪くなかったと聞いていたが昨年、もらった薬が体に合わなかったようで体調を崩し、ほぼ一日眠っているような状態になったらしい。その後も体調維持を図ったが、脳梗塞を起こして入院、父方の祖父と同日の夕方に亡くなった。
先述の通り母方の祖父も仕事を長らく続けていた人で、その上滅多に会わなかったので一緒に過ごした記憶は殆ど無い。ただ、仕事場で電卓で遊んでいたことはある。電卓と言っても大きくて、ロール紙にプリントする部分もあるちょっとカッコ良いものだった。全く関係無いのかもしれないが、今の仕事を志すことになるルーツ的なものがあるのかもしれない。
そんな偉大な二人の祖父を同日に亡くしてしまった。悲しいと言うより心にポッカリと穴が開いた気分だ。