や16ぁ

やる気なんて初めから無かったんだなぁ

徘徊

富山にいられる日も今日が最後なので、小中高の歩ける範囲での私のプレイスポットを巡ってみた。以下、ルート一覧であるが、富山市の限られた地域に住んでいた人にしか理解できない、超ローカルなネタではある。

自宅→広貫堂前電停付近

ここまでのルートは、私が小学校のときの通学路として通った道のりを歩いてみた。当然だが、変わったところ、変わらないところがあり、歩いていて面白かった。歩いていくうちに、小学校時代の登校風景を思い出し、非常に懐かしい感じを覚えた。精肉店や魚屋が健在なのはまだ分かるが、駄菓子屋がまだ健在だったのは嬉しい。さすがに、入り口付近のMVS筐体は撤去されていた。

大田口通り

3日なので、まだ正月休み中の商店もあり、かなり閑散としていたのだが、それでもそれなりに人通りはあった。近年、地域の商店街がズタボロになっている現状を考えると、大田口通り商店街にはいつまでもあってほしいと思う。大田口通りには、私の小学校時代のクラスメートの家がいくつかあるのだが、卒業から15年以上経っても覚えているものである。中には既に引っ越してしまった者の家もあったりするが。

日枝神社

おそらく富山市でもっとも有名な神社と思われる日枝神社に到着。夕方ということもあり、もう初詣の人もいないだろうと思っていたのだが、それでも意外に人が多かった。お参りをし、おみくじを引く。小吉。今年は我慢の年らしい。今年も我慢しなければならんのか。結婚については、あせらずとも縁はあるらしい。そういうことを言われると一生縁がなさそうな気さえしてくる

総曲輪通り→中央通り

おそらく富山市最大の繁華街である総曲輪通り。ここも変わっていないようで変わったところがある。気づけばオープンカフェなんてコジャれたものができていた。映画館が無くなり、ビルそのものが建て変わってしまってもいまだ存在するグランド通り。昔は西町周辺に映画館が沢山あったが、今では半減してしまった。今総曲輪通りを歩いている人で、グランド1,2という映画館があったことを覚えている人はどのくらいいるのだろうか。結構いそうだな。

西町→南富山(市電)

市電から眺める風景が私は好きだ。市電の中から町並みを見ていると、車に乗っているときとは明らかに違う風景を見ることができる。渋滞が無いからかもしれない。私が幼少の頃は、西町のスクランブル交差点で分岐していたり、電気ビル前で分岐していたり、新富山で分岐していたりしていて、いつかは全ての路線に乗ってみたいと思っていたのだが、私が幼稚園児から小学生のうちにどんどん規模が縮小し、今の南富山⇔大学前の路線しか残らなかった。自家用車が増え、市電の利用者が減ったことや車の増加によって市電との折り合いがつきにくくなったからなのかもしれないが、やはり残念でならない。

南富山

私が通っていた高校は、「アマランス」シリーズで有名だった風雅システムが近所にあったため、帰り道には南富山を通ることになる。今自分でものすごく解り辛いことを書いたような気がするが、気にしないでほしい。南富山は市電と電鉄上滝線との連絡駅になるため、この近辺は結構商店が多い。すっかり寂れてしまったのではと思っていたのだが、そうでもなかった。高校生のときと大差なかった。

南富山→自宅

私が高校生のときの通学路を歩いて帰った。高校生のときの思い出がいっぱい詰まった道である。友達とバカ話をしながら自転車で走ったり、部活で遅くなったにもかかわらずパンクした自転車を引きずって自転車屋を目指したり、雪の日に好きな子を傘の中に入れて一緒に歩いたりした道である。日もとっぷり暮れて、すっかり暗くなってしまった道を歩いたが歩くたびに高校生時代の思い出が甦ってきた。なんて俺はバカだったのだろうか


最後に、いろいろな道を歩いてきて、いっぱい色んなことをやってきたと思う反面、やり残したなと思うこともいっぱいあった。そういうものに限って、今では絶対にできないことばかりだったりする。でも、過去のことをいつまでも考えていたって何が変わるわけでもないし、それらも含めて今の自分がいるのだから、この思い出を胸に抱いて今後も生きていきたいと思う。
それにしても、足が疲れた。

広告を非表示にする